「コスト」から「投資」へ:チームビルディング研修の価値を可視化する

チームビルディング研修の費用対効果、説明できますか?

「今回のチームビルディング研修、一体いくらかかるんだ?」
「それで、具体的に会社にとってどんなリターンがあるんだ?」

企業の経営会議や予算策定の場で、人事責任者の皆様がこのような鋭い問いを投げかけられ、明確な答えに窮した経験はないでしょうか。

チームビルディングの重要性は頭では理解しつつも、その効果を客観的な数値で示すことの難しさは、多くの企業が抱える共通の課題です。その結果、チームビルディング研修は、利益を生まない「コスト」として認識されがちです。

本コラムでは、この根深い課題に正面から向き合います。チームビルディング研修を、曖昧な「コスト」から、企業の未来を創るための明確な「戦略的投資」へと転換するための考え方と、その投資対効果(ROI)を可視化するための具体的なアプローチについて、人的資本経営の視点から徹底的に解説していきます。

チームビルディングは「無形資産」への重要な投資である

なぜチームビルディング研修の費用対効果は見えにくいのでしょうか。それは、研修がもたらす成果の多くが、貸借対照表には載らない「無形資産」であるためです。チーム内の信頼関係、円滑なコミュニケーション、高い心理的安全性。これらは、組織の生産性やイノベーションの創出に極めて大きな影響を与えますが、直接的な財務数値として現れにくい性質を持っています。

しかし、人的資本経営が重視される現代、こうした無形資産の価値を可視化し、向上させていくかは重要課題と言えるでしょう。チームビルディングとは、こうした無形資産、特に「良好な人間関係」や「組織文化」を育む上で、重要な要素となる投資活動に他なりません。

したがって、チームビルディング研修の価値を語る際には、短期的な売上や利益への直接的な貢献を問うのではなく、「この投資が、将来の企業価値を構成するどのような無形資産を、どれだけ増加させるのか」という長期的な視点を持つことが不可欠です。

人的資本開示の文脈で「投資の物語」を語る

投資家をはじめとするステークホルダーは、企業の持続的な成長可能性を判断する上で、人的資本に関する情報を重視します。この文脈において、チームビルディングへの投資は、企業価値向上に向けた説得力のある「物語」を語るための重要な根拠となり得ます。

例えば、「当社は、従業員エンゲージメントの向上が生産性の源泉であると考えています。その基盤となるチームの結束力を高めるため、年間〇〇円をチームビルディングに投資し、結果としてエンゲージメントスコアが〇%向上しました。将来的には、この取り組みが離職率の低下や顧客満足度の向上に繋がり、持続的な企業価値向上に貢献すると確信しています。」といった論理で説明責任を果たすことが考えられます。

ISO30414などの国際基準も参考に、自社の活動を体系的に整理し、その価値を示していく視点が重要になります。

研修の投資価値を可視化するアクションプラン

チームビルディングを「投資」として語るためには、その効果をできる限り客観的な「指標」に翻訳し、測定する技術が不可欠です。研修の企画段階から、「この研修を通じて、具体的にどの指標を、どのように変化させたいのか」というゴールを明確に設定し、その成果を研修の前後で比較・検証するプロセスを組み込む必要があります。

カテゴリー1:チームの状態を測る指標

研修の直接的な効果として、チーム内部の「土壌」がどう変化したかを測ります。組織サーベイやパルスサーベイを研修前と研修後(例:3ヶ月後)に実施し、スコアの変化を比較します。

  • 心理的安全性スコア
    サーベイで「チーム内では、突飛なアイデアを言っても馬鹿にされない」「ミスをしても、非難されるのではなく、学びの機会として捉えられる」といった質問項目で評価。
  • エンゲージメントスコア
    エンゲージメントサーベイを利用し、「仕事への熱意」「組織への貢献意欲」に関する項目で測定。
  • コミュニケーションの質・量
    サーベイで「上司や同僚から、業務遂行に有益なフィードバックを得られている」「チーム内では、業務以外の雑談がしやすい雰囲気がある」といった項目を測定。

カテゴリー2:チームの行動を測る指標

チームの状態が改善された結果、どのような「行動」の変化が現れたかを、定量的にトラッキングします。

  • 部門間連携の活発度
    他部門との共同プロジェクト管理ツールのログデータや、他部門を宛先に入れたチャットのやり取りの量を分析。あるいは、月次で「他部門との連携によって解決した課題」の件数をヒアリングする。
  • ナレッジ共有の文化
    社内Wikiや情報共有ツールの新規投稿数・更新頻度、チーム内勉強会の開催回数や参加者数を記録。
  • 1on1ミーティングの実施率と質
    カレンダーデータや日程調整ツールから実施率を算出。また、1on1後に部下が「有意義だった」と感じるかの満足度を簡単なアンケートで取得。

カテゴリー3:経営への貢献度を測る指標

チームの行動変容が、最終的にビジネス上のどのような「成果」に繋がったかを示唆する指標です。因果関係の証明は難しいですが、強い相関関係を示すことで投資の妥当性を説明できます。

  • 生産性の変化
    エンゲージメントスコアが向上したチームと、そうでないチームとで、一人当たりの売上高や目標達成率の伸びに差があるかを比較分析する。
  • 離職率
    研修実施対象となった部門・チームの離職率が、全社平均や過去のトレンドと比較してどのように変化したかを追跡する。
  • 顧客満足度の向上
    チームビルディングを強化した営業チームやサポートチームについて、担当する顧客の満足度スコアやリピート率を調査し、他のチームと比較して向上しているかを確認する。

これらの指標を研修の目的に合わせて適切に組み合わせ、継続的にデータを収集・分析することで、チームビルディングの価値は「感覚」から「事実」へと変わっていきます。

価値の可視化が、チームビルディングを力強い経営戦略に変える

本コラムでは、チームビルディング研修を「コスト」ではなく「投資」として捉え、その価値を可視化するための具体的なアプローチについて論じてきました。

チームビルディングが育む信頼関係や心理的安全性といった無形資産こそが、企業の持続的な成長の源泉です。その価値を、人的資本開示の文脈で戦略的に語り、エンゲージメントや生産性といった客観的な指標を用いて定量的に示すこと。この取り組みを通じて、チームビルディングは、単なる人事施策から、経営陣が自信を持って推進できる力強い「経営戦略」へと昇華します。

株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。チームビルディングの投資対効果(ROI)測定や、人的資本開示の高度化支援など、より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

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コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。

X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西裕也
リサーチャー兼コンサルタント

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。

DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


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