キャリア自律とリスキリング 人的資本経営を「現場ごと化」するポイント

「会社主導の研修」の限界 なぜ従業員は「受け身」のままなのか

「会社が用意した研修に参加はするが、受け身の従業員が多い」
「事業転換の必要性は理解しているが、従業員のスキル変革が追いつかない」

このような課題は、人的資本経営において、多くの企業が直面するジレンマです。企業が良かれと思って提供する画一的なキャリアパスや研修制度は、もはや従業員の多様な成長意欲に応えきれず、結果として組織の変革スピードを鈍化させる一因にすらなっています。

人的資本経営を、経営層の掛け声から「現場ごと」のムーブメントへと昇華させる鍵。それは、従業員一人ひとりの「キャリア自律」を本気で支援し、会社の戦略と個人の成長意欲が交差する領域で「戦略的リスキリング」を推進することにあります。本コラムでは、従業員の「キャリア自律」を促し、学習する組織文化を醸成するための、具体的な仕組みづくりを提案します。

「会社に依存するキャリア」から「会社と共創するキャリア」へ

キャリア自律とは、従業員が自らのキャリアに対してオーナーシップを持ち、主体的に学び、成長していく姿勢を指します。これを「従業員任せ」と捉えるのは、大きな誤解です。

真のキャリア自律支援とは、会社がビジョンや戦略を示し、多様なキャリアパスや学習機会を提供し、伴走者(上司や人事)を配置することで、従業員が自らの意志でキャリア形成に乗り出せるよう、環境を整備することです。

このアプローチは、人的資本経営において絶大な効果を発揮します。

  • エンゲージメントの向上
    「会社は自分の成長を応援してくれている」という実感は、従業員のエンゲージメントとリテンションを劇的に向上させます。
  • 組織の俊敏性(アジリティ)向上
    自律的に学ぶ従業員が増えることで、外部環境の変化や新たな事業機会に迅速に対応できる「学習する組織」へと変貌します。
  • イノベーションの創出
    多様なスキルやキャリア志向を持つ人材が、それぞれの専門性を発揮し、越境して協業することで、新たなイノベーションの土壌が育まれます。

会社が従業員の成長に投資し、成長した従業員が会社の成長に貢献する。この好循環を生み出すことこそが、人的資本経営の本質と言えるでしょう。

「学習する組織」を創るための実践的アプローチ

従業員のキャリア自律とリスキリングを文化として根付かせるためには、単発の施策ではなく、統合的な仕組みが必要です。ここでは、実務に落とし込むための3つのアプローチを詳述します。

キャリアの選択肢と道筋の「見える化」

従業員がキャリアを考える上で、「この会社でどんな未来が描けるのか」が分からなければ、主体性は生まれません。

  • キャリアラダー/キャリアパスの提示
    専門職、マネジメント職、プロジェクトマネージャー職など、多様なキャリアの道筋(ラダー/パス)と、各段階で求められるスキル・経験を具体的に明示します。身近なロールモデルとなる先輩社員のキャリアジャーニーをインタビュー記事などにして共有することも有効です。
  • 社内公募制度の活性化
    ポジションに空きが出たら、まず社内で公募することを原則とします。「手挙げ式」の異動機会を増やすことで、従業員は自らの意志でキャリアに挑戦できます。形骸化させないためには、応募の秘密厳守や、現所属部署からの不当な引き止めを防ぐルール作りが不可欠です。

「いつでも、誰でも、学べる」学習プラットフォームの構築

自律的な学習を支えるには、機会へのアクセシビリティが鍵となります。

  • 学習コンテンツの源泉
    オンライン学習プラットフォーム(LMS)などを導入し、自社の戦略上重要なスキル分野(例:DX、GX、マーケティング)を中心に、質の高い学習コンテンツを会社が厳選して提供します。
  • 学習時間の確保とインセンティブ
    「業務時間中の学習」を推奨・制度化するなど、学習時間を確保するための支援が重要です。また、新たなスキルを習得した従業員を称賛する表彰制度や、資格取得奨励金、習得スキルを処遇に反映する仕組み(スキル給など)を設け、学習への動機づけを高めます。

「対話」を通じて伴走する管理職の育成

キャリア自律支援の成否は、現場の管理職の関与にかかっています。

  • 1on1ミーティングの質の転換
    1on1を、業務の進捗確認の場から、部下の中長期的なキャリアを支援する「キャリア面談」の場へと進化させます。管理職には、答えを与える(Teaching)のではなく、部下の内省を促し、強みや意欲を引き出す「コーチング」のスキルが求められます。
  • 管理職自身のキャリア自律
    部下のキャリア自律を支援するためには、管理職自身が自らのキャリアと向き合っていることが大前提です。管理職向けのキャリアデザイン研修などを実施し、まずは彼ら自身の意識変革を促すことも重要です。

未来への最大の投資は、「人の成長」への投資

人的資本経営とは、突き詰めれば「人の成長可能性を信じ、そこに戦略的に投資すること」に他なりません。従業員のキャリア自律を促し、リスキリングを支援する文化を育むこと。これこそが、予測困難な未来を乗り越え、持続的な成長を遂げるための、最も確実で価値ある投資であると確信しています。

株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

kotora

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コトラ(人的資本チーム)

経営戦略に連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築から、「採用」「育成」といった人材マネジメントの実践まで、人的資本経営を一気通貫で支援しています。

コンサルタント紹介

杉江 幸一郎
ディレクター ISO30414リードコンサルタント

東京大学経済学部経営学科卒。大手メーカー、通信事業者、IT企業など上場事業会社にて経営企画、事業戦略、新規事業立ち上げ等の責任者を歴任。上場企業取締役、CISO および ISO事務局等も担当。

コトラでは、ISO30414を始めとした人的資本経営のコンサルティングに従事。ISO30414リードコンサルタント。ESG情報開示研究会、人的資本経営コンソーシアム、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム会員。

X(旧Twitter):@Kotora_cnsl


蘇木 亮太
コンサルタント ISO30414リードコンサルタント

同志社大学法学部卒。大手教育系企業でのコンサルタント経験を経て、金融系スタートアップに入社。 組織・人事企画チームに所属し、エンゲージメント向上施策やDE&I推進、研修開発、人事制度運用等を担当。

コトラでは、有価証券報告書・統合報告書における人的資本開示、ISO30414、人事組織コンサル等に従事。ISO30414リードコンサルタント資格/日本ディープラーニング協会G検定保有者。


大西裕也
リサーチャー兼コンサルタント

コトラでは、ISO30414認証取得支援及び人的資本開示動向のリサーチ、人事データ分析・レポート作成等に従事。

DX推進パスポート(G検定、データサイエンティスト検定、ITパスポート)、一種外務員資格取得者。


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