「スキル」を軸にした次世代リーダー育成への転換
「高額なリーダーシップ研修を実施しているが、事業成果にどう繋がっているのか不明瞭だ」
「次期リーダー候補はいるものの、3年後の新規事業を任せられるかというと心許ない」
「育成計画が、どうしても既存事業の延長線上のものになってしまう」
これは、次世代リーダー育成に真剣に取り組む経営者や人事責任者の方々が抱える、共通のジレンマではないでしょうか。育成施策そのものは実施しているものの、それが企業の未来を創る事業戦略と噛み合っていない。この「戦略と育成の断絶」こそが、多くの次世代リーダー育成が期待した成果を上げられない根本的な原因であると考えられます。
なぜリーダー育成は「戦略」から乖離するのか?
育成が戦略から乖離してしまう背景には、従来の人事管理における構造的な課題が存在します。
役職(ポスト)起点の育成の限界
多くの企業では、「部長候補」「課長候補」といった役職(ポスト)を起点に育成計画が立てられます。しかし、その役職に将来どのような能力が求められるのかが具体的に定義されていないため、育成内容が過去の慣習に基づいた一般的なものになりがちです。これでは、事業環境の大きな変化に対応できるリーダーは育ちません。
曖昧なリーダー像と評価基準
「リーダーシップがある」「コミュニケーション能力が高い」といった言葉は、便利である一方、非常に曖昧です。このような抽象的な基準に頼っていると、評価者の主観によって候補者の選抜や評価が左右され、戦略的に重要な能力が見過ごされてしまう可能性があります。全社で共通の「ものさし」がないままでは、効果的な次世代リーダー育成は望めません。
これらの課題の根底にあるのは、人材を静的な「役職」で管理する従来型の発想です。事業環境の変化に対応し、戦略と育成を連動させるためには、人材をより動的かつ客観的な要素、すなわち「スキル」で捉え直すアプローチが不可欠です。
戦略と育成を繋ぐ「スキルベース・アプローチ」の実践
スキルベース・アプローチとは、将来の事業戦略の実現に不可欠なスキルを起点に、人材の採用・育成・評価・配置を行う考え方です。これを次世代リーダー育成に適用することで、戦略と育成の断絶を解消できます。
Step1:ワークショップを通じて「未来の必要スキル」を定義・体系化する
まず、中期経営計画や技術ロードマップといった戦略文書を基に、経営層や各事業部門のリーダーを巻き込んだワークショップを実施します。ここでは、「3年後に新規事業を成功させるために、プロジェクトリーダーに不可欠なスキルは何か」「グローバル市場で競争力を維持するために、海外拠点長はどのような能力を持つべきか」といった具体的な問いを通じて、未来に必要なスキルを洗い出します。
さらに、洗い出したスキルを、全社共通の「コアスキル」、リーダー層向けの「リーダーシップスキル」、部門や職種固有の「専門スキル」などに分類・体系化し、組織独自の「スキルタクソノミー」を構築します。これは、企業内で必要なスキルを定義し、レベル分けして一覧化したもので、人材育成や評価における共通言語となるものです。スキルタクソノミーは、客観的でブレのない人材マネジメントの基盤となります。
Step2:多面的な評価手法で「スキルギャップ」を精緻に可視化する
次に、定義した「あるべき姿」と候補者の現状との差(スキルギャップ)を、多角的な視点から精緻に把握します。単一の評価手法では、見誤るリスクがあります。 具体的には、以下のような評価手法を組み合わせることが有効です。
- 360度評価
上司、同僚、部下など複数の関係者からのフィードバックを得ることで、一方向の評価では見えない多角的な人物像を把握する手法です。
例えば、上司からは「目標達成意欲は高いが傾聴力に課題」、同僚からは「連携は円滑だが情報共有を早期化してほしい」、部下からは「指示は明確だが業務の背景説明がほしい」といったフィードバックを得ることで、本人の強みと成長課題を立体的に把握します。 - ビヘイビア(行動特性)面接
「〇〇の時どう行動したか」という過去の具体的な行動事実を問うことで、再現性のある強みや能力を見極める面接手法です。
例えば、「予期せぬトラブルをどう乗り越えたか」という問いに対し、候補者が「対策チームを立ち上げ、役割を分担し、迅速な情報開示で顧客の信頼低下を抑えた」といった事実を語ることで、その人の課題解決能力を客観的に評価します。 - シミュレーション型アセスメント
架空の経営課題を与えてその対応力を測ることで、将来のポジションで求められる判断力やストレス耐性などを評価する手法です。
例えば、「業績不振事業の再建」という架空の役割を与え、限られた時間で分析・計画立案・役員会への発表を行わせ、その際の思考力や対応力を観察し、将来のポテンシャルを評価します。
これらの客観的な評価データをタレントマネジメントシステム等で一元管理することで、個人単位のギャップだけでなく、組織全体のスキルの過不足をデータで把握し、より戦略的な人材配置や育成投資の判断が可能になります。
Step3:「70:20:10の法則」に基づき、個別育成プランを設計・実行する
最後に、明確になったスキルギャップを埋めるために、学習効果が高いとされる「70:20:10の法則」を意識した個別育成計画(IDP)を設計します。
- 経験(70%)
最も成長を促すのは、挑戦的な実務経験です。例えば、「データ分析スキル」が不足している候補者には、データに基づいた事業改善提案を行うプロジェクトを意図的にアサインします。 - 他者からの学び(20%)
経験の効果を最大化するために、他者からのフィードバックや指導を取り入れます。特定のスキルを持つ社内の先輩社員をメンターにつけたり、外部の専門コーチによる定期的な指導を受けたりする機会を設けます。 - 研修(10%)
体系的な知識や理論をインプットするために、集合研修やオンライン学習プログラムを活用します。
これらの育成手法を最適に組み合わせたIDPを策定し、定期的な1on1ミーティングで進捗を確認しながら計画を柔軟に見直していくことで、次世代リーダー育成の効果は飛躍的に高まります。
「スキル」という共通言語が、企業の未来を強くする
本コラムでは、事業戦略と次世代リーダー育成の断絶を乗り越えるための鍵として、「スキルベース」のアプローチを解説しました。
「スキル」という客観的で具体的な共通言語を持つことで、育成の目的は明確になり、その効果は測定可能になります。そして、戦略的に重要なスキルを持つリーダーが計画的に育成される組織は、変化への対応力が高まり、持続的な成長を実現することができます。これは、人的資本の価値を最大化し、企業価値そのものを向上させることに直結する、極めて重要な経営戦略です。
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