戦略的サクセッションプランと次世代リーダー育成の連動
「社長や役員はもちろん、あの事業部長や開発リーダーが突然退職したら、事業が立ち行かなくなる」
「キーパーソンが突然離職し、事業が停滞してしまった経験がある」
「特定の人物にしかできない業務や、属人的な顧客関係が多すぎる」
こうした「キーパーソン」への過度な依存に、漠然とした不安を感じていないでしょうか。この課題に対する体系的なアプローチが「サクセッションプラン(後継者計画)」です。しかし、日本ではまだ、この取り組みが一部の企業に留まっていたり、あるいは単なる「後継者候補リスト」の作成で終わってしまったりするケースも少なくありません。
本コラムでは、サクセッションプランを企業の持続的成長を支える戦略人事の要と位置づけ、実効性のある次世代リーダー育成といかに連動させるべきかを探ります。
サクセッションプランは「保険」ではなく「投資」である
サクセッションプランとは、事業の継続性にとって不可欠なあらゆる「キーポジション」を対象とした、計画的な後継者育成の仕組みを指します。CEOや経営幹部のみに限ったものと思われがちですが、本来は、より広い概念です。キーポジションには、事業部長、工場長、トップクラスの研究開発者や営業担当者など、その人がいなくなると事業に大きな支障が出るポジションすべてが含まれます。
その目的は、不測の事態に備えるというリスクマネジメントに留まりません。サクセッションプランは、将来の事業戦略を見据え、計画的にリーダーや専門家を育成していくための、未来への「戦略的投資」と捉えるべきです。
戦略的サクセッションプランの3要素
実効性の高いサクセッションプランは、未来への「戦略的投資」として機能し、以下の要素を含んでいると考えられます。
- 事業戦略との連動性
中期経営計画や長期ビジョンと連動し、将来の事業環境で勝ち抜くために、各キーポジションでどのようなリーダーシップやスキルが求められるかを明確に定義します。 - 客観性と透明性のあるプロセス
後継者候補の特定や評価が、現経営者の個人的な判断や印象論に偏ることなく、客観的な基準やデータに基づいて行われます。指名委員会のような独立した組織が関与し、プロセスの透明性を確保することも、次世代リーダー育成の公平性に繋がります。 - 育成計画との一体化
候補者をリストアップするだけでなく、一人ひとりの強み・弱みを分析し、次期リーダーとして必要な経験やスキルを計画的に積ませるための「個別育成計画(IDP)」を策定・実行します。これこそが、サクセッションプランと次世代リーダー育成が交わる最も重要な点です。
サクセッションプランの実効性を高める「可視化」の視点
人的資本開示への関心が高まる中で、投資家がサクセッションプランに注目する理由は、単に「後継者のリストがあるか」を知りたいからではありません。彼らが見ているのは、「後継者を計画的に育成するための、客観的で実効性のある仕組みが運用されているか」という点です。CEOだけでなく、事業を支える多様なキーポジションにおいて、この仕組みが機能しているかが、企業の持続可能性を測る指標となるのです。
私たちコトラは、この「実効性のある仕組み」の根幹は、人材の「可視化」にあると考えています。
勘や経験といった曖昧な基準ではなく、客観的なデータに基づいて「誰が、どのような強みやポテンシャルを持ち、次にどのような経験が必要か」を把握すること。そして、その可視化された情報を基に、経営陣が戦略的な議論を行うプロセスを確立すること。この「可視化」の仕組みこそが、サクセッションプランを絵に描いた餅で終わらせず、後述する「人材プールの構築」や「タレントレビュー」といった具体的なアクションを成功に導くための土台となると考えられます。
「プラン」を「アクション」に変えるための具体策
では、サクセッションプランを形骸化させず、次世代リーダー育成のアクションに繋げるためには、何から始めるべきでしょうか。ここでは、そのための具体的なステップを3つご紹介します。
多様性と戦略性を備えた「リーダー人材プール」の構築
まず、後継者候補となりうる人材群(タレントプール)を戦略的に構築します。
これは単一のリストではなく、サクセッションプランの対象となるポジション群(例:経営幹部候補、次期事業責任者候補、高度専門職リーダー候補など)に応じて、複数の人材プールを設計することが有効です。各プールに入るための選抜要件(コンピテンシー、必須経験、実績など)を明確に定義し、透明性を確保します。
客観的評価に基づく「タレントレビュー」の実施
次に、経営陣が定期的に集まり、人材プールについて議論する「タレントレビュー会議」を制度化します。経営陣が自社の次世代リーダー育成に直接関与し、コミットメントを示すことで、組織全体の育成への意識が高まり、サクセッションプランの実効性が飛躍的に向上すると考えられます。
また、この会議の質を高めるためには、客観的な評価フレームワークの活用が不可欠です。
代表的な例として、人材を「パフォーマンス(現在の業績)」と「ポテンシャル(将来の伸長可能性)」の2軸で評価する「9-Box」があります。 このフレームワークを用いて人材を可視化・分類することで、「ポテンシャルが非常に高い人材には、早期に挑戦的なポジションを任せる」「パフォーマンスに課題がある人材には、集中的なコーチングを行う」といった、データに基づいた育成方針の議論が可能になるでしょう。
一人ひとりの成長を加速させる「個別育成計画(IDP)」の策定と実行
タレントレビューでの議論を経て、最終的に個々のアクションプランに落とし込むのが「個別育成計画(IDP:Individual Development Plan)」です。
これは、候補者一人ひとりのために策定されるオーダーメイドの育成計画です。 IDPには、以下の3要素を具体的に組み込みます。
- 1〜3年後を見据えた育成目標
- 目標達成のための具体的なアクションプラン(挑戦的な業務へのアサイン、特定のスキルを磨くための研修、メンターによる指導など)
- 成長を測るための成功指標
この計画は、企業側が一方的に作成するのではありません。本人、直属の上司、人事部門が三位一体で対話し、本人のキャリア志向も最大限に尊重しながら策定・合意することが、本人の主体性を引き出し、計画の実行性を高める上で極めて重要です。このIDPの着実な実行こそが、サクセッションプランを絵に描いた餅で終わらせないためのポイントです。
事業の継続性を高め、持続的に成長する企業へ
本コラムでは、戦略的人事の要であるサクセッションプランと、次世代リーダー育成をいかに連動させるかについて解説しました。サクセッションプランは、もはや一部の大企業だけのものではありません。企業の規模に関わらず、事業の継続性を担保し、持続的な成長を遂げるために不可欠な経営機能です。
後継者という「点」で考えるのではなく、リーダー人材プールという「面」で捉え、計画的に育成機会を提供していくこと。そして、そのプロセスに経営陣が深く関与すること。この両輪が揃って初めて、次世代リーダー育成は戦略的なものとなり、企業の未来を確かなものにします。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。実効性のあるサクセッションプランの設計から、人的資本開示の高度化支援まで、より具体的なご相談はお気軽にお問い合わせください。