なぜ、サーベイの結果は活かされずに終わるのか?
「今年もエンゲージメントサーベイの季節がやってきたが、結局、現場には何も変化が起きていない…」 多くの企業の人事責任者や経営者の皆様が、このようなジレンマを抱えているのではないでしょうか。
社員の声を可視化し、組織課題を特定するために導入したはずのエンゲージメントサーベイ。しかし、その結果は報告書としてまとめられるだけで、具体的なアクションに繋がらず、次第に「実施すること」自体が目的化してしまう。こうした「サーベイの形骸化」は、非常によく見られる現象です。
この状況は、単に投資対効果が低いだけでなく、社員のエンゲージメントをかえって低下させるリスクすら孕んでいます。「どうせ答えても何も変わらない」という諦めや不信感が組織に蔓延すれば、次回の回答率は下がり、得られるデータの信頼性も損なわれるという悪循環に陥りかねません。
本コラムでは、この根深い問題を乗り越え、エンゲージメントサーベイを真に価値ある組織変革のツールとするための、本質的なアプローチについて考察します。
【事例】データに踊らされたITベンチャーB社の試行錯誤
当社のご支援実績をもとに、ある成長期のITベンチャーB社のケースを例に考えてみましょう。B社は、急拡大する組織の状態を把握するため、いち早くエンゲージメントサーベイを導入しました。毎年詳細なレポートが作成され、役員会では各部門のスコアが前年比で比較検討されていました。
特にスコアが低かった開発部門では、上層部の指示のもと、人事部主導で様々な施策が実行されました。コミュニケーション活性化のためのイベント開催、福利厚生の拡充、1on1ミーティングの導入など、考えうる限りの打ち手が講じられました。しかし、翌年のサーベイスコアに目立った改善は見られず、現場からは「やらされ感のある施策ばかりで、根本的な問題は何も解決していない」という不満の声が上がり始めました。
B社の問題はどこにあったのでしょうか?
それは、サーベイ結果の「What(何が課題か)」という表層的な分析に終始し、「Why(なぜその課題が起きているのか)」という深層的な要因の探求を怠っていた点にあります。スコアの低い項目に対して、一般的に「良い」とされる施策を当てはめるだけでは、現場の実態と乖離した、的外れな打ち手になってしまうのです。この状態では、社員のエンゲージメント向上は望めません。
「対話」こそが、サーベイデータを「生きた情報」に変える
エンゲージメントサーベイのスコアは、あくまで組織の健康状態を示す「体温計」のようなものです。熱が高いという事実は分かっても、その原因が風邪なのか、あるいは別の深刻な病気なのかは、さらなる「診察」なしには分かりません。この診察に当たるのが、サーベイ結果を起点とした「対話」です。
私たちコトラが提唱するのは、サーベイを「答え」として受け取るのではなく、「問い」として捉え直すアプローチです。例えば、「上司との関係」という項目のスコアが低い場合、すぐに管理職研修を実施するのではなく、まずは現場で何が起きているのかを深く知ることから始めるべきです。
コトラがご支援する際には、サーベイの結果を基にしたワークショップや、少人数のグループインタビューなどを設計・実行することがあります。そこでは、ファシリテーターが心理的安全性を確保した場で、参加者が本音で語り合える環境を創出します。
- 「具体的に、どのような場面で上司とのコミュニケーションに課題を感じますか?」
- 「私たちのチームが、より良く働くためには何が必要だと思いますか?」
こうした対話を通じて、初めてスコアの背景にある生々しいストーリーや構造的な問題(例えば、評価制度への不満、部署間の連携不足など)が見えてきます。データと対話を往復することで、サーベイは単なる数字の羅列から、組織変革に向けた羅針盤へと姿を変えるのです。このプロセスこそが、真のエンゲージメント向上に不可欠です。
現場を巻き込み、仮説検証サイクルを回す
サーベイ後のアクションプランを成功させるためのもう一つの鍵は、「現場の巻き込み」です。人事部や経営層だけで課題を特定し、解決策をトップダウンで押し付けるやり方では、現場の当事者意識は醸成されません。
対話を通じて明らかになった課題に対して、解決策の立案と実行の主役を現場のチーム自身に担ってもらうことが重要です。人事や経営の役割は、彼らが自律的に動けるよう、必要な情報や権限、予算を提供し、伴走者としてサポートすることにあります。
具体的なステップは以下の通りです。
- 結果の共有と対話
サーベイ結果を透明性をもってチームに共有し、課題の背景について対話する場を設ける。 - 課題の特定と目標設定
対話を通じて、自分たちのチームで取り組むべき最重要課題を一つか二つに絞り込み、具体的な改善目標を設定する。 - アクションプランの策定
目標達成のための具体的な行動計画を、チームメンバー全員で考案する。 - 実行と振り返り
小さなアクションからでも良いので、すぐに実行に移す。定期的に進捗を確認し、効果を振り返り、必要に応じて計画を修正する。
この小さな仮説検証サイクルを現場で回し始めることが、エンゲージメントの高い、自律的な組織文化を育む第一歩となります。
サーベイは、組織変革の始まりに過ぎない
エンゲージメントサーベイは、それ自体が組織を良くする魔法の杖ではありません。それは、組織の現状を映し出し、未来に向けた対話と変革を始めるための「きっかけ」を提供するツールです。
「実施して終わり」から脱却し、サーベイを組織開発の有効なサイクルに組み込むためには、スコアの上下に一喜一憂するのではなく、その背景にある社員一人ひとりの声に真摯に耳を傾け、現場と共に解決策を考え、実行していく地道なプロセスが不可欠です。このプロセスを通じてこそ、社員の当事者意識が育まれ、本質的なエンゲージメントの向上が実現されるのです。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社のエンゲージメントサーベイの活用と、その後の組織変革プロセスをサポートします。サーベイ結果の分析から、対話の場となるワークショップの設計・運営、現場主導のアクションプラン実行支援まで、より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。