HRテック選定で後悔しないための思考法とは
経営者や人事担当者の皆様の中には、市場に溢れる無数の「HRテック」ツールを前に、その膨大な情報量に途方に暮れたご経験をお持ちの方も少なくないのではないでしょうか。
「これだけ多くの選択肢の中から、どうやって自社に最適なものを選べば良いのか」
「導入したものの、活用しきれずに終わってしまうのではないか」
そんな切実な問いこそ、HRテック導入を成功に導くための出発点と言えるでしょう。本コラムでは、HRテック選定の罠に陥ることなく、自社の人的資本経営を真に前進させるためのツール選定の本質について、深く掘り下げていきます。
なぜHRテック導入は失敗するのか:目的不在という最大の落とし穴
HRテックの導入が期待した成果に繋がらないケースには、いくつかの共通したパターンが見られます。その根底にあるのは、多くの場合、「ツールを導入すること」自体が目的化してしまうという問題です。
よくある失敗パターン
- 流行や他社事例の模倣
「話題だから」「競合が導入したから」という理由だけで、自社の課題と向き合わずに特定のHRテックツール導入を決めてしまう。 - 機能過多なツールへの憧れ
「大は小を兼ねる」と考え、多機能で高価なHRテックを選定したものの、現場では使いこなせず、無用の長物と化してしまう。 - 部分最適の罠
採用、労務、評価といった各領域で個別にツールを導入した結果、データがサイロ化(分断)し、全社的な人材戦略に活かせない。
これらの失敗は、HRテックを「機能のカタログ」としてしか見ていない、すなわち、自社の「解決すべき課題」からではなく、世の中にあるツールの「できること(機能)」の一覧から検討を始めてしまい、目的と手段が逆転していることに起因すると考えられます。しかし、本来、HRテックは経営戦略や人材戦略を実現するための「手段」に他なりません。
ここでコトラが重要視するのは、「ツールありき」ではなく、「自社が目指すべき人材ポートフォリオの姿」から逆算して思考するアプローチです。どのような人材が、どの部署に、何人いれば事業戦略を実現できるのか。その理想像と現状のギャップを埋めるために、HRテックという「道具」をどう使うのか。この視点を持つことが、無数の選択肢の中から正しい一手を見つけるための第一歩となります。
このアプローチは、やみくもにHRテックを探すのではなく、自社の課題解決に直結する機能は何かを明確にする上で、極めて有効な指針となるでしょう。
多様な選択肢を「課題解決マップ」として活用する3ステップ
では、具体的にどのようにHRテックと向き合えば良いのでしょうか。ここでは、自社の課題を起点に、多様なHRテックの中から最適なものを選び出すための実践的な3つのステップをご紹介します。
ステップ1:自社の「人事課題」の棚卸しと優先順位付け
まずは、市場のHRテック情報を一旦脇に置き、自社の経営課題や事業戦略に紐づく人事面の課題を徹底的に洗い出しましょう。
- 次世代リーダーの育成が追いついていない
- 専門人材の採用に苦戦している
- 若手・中堅社員の離職率が高い
- 従業員のスキルを可視化できていない
- 人事評価の納得感が低く、エンゲージメントが低下している
これらの課題をリストアップし、「緊急度」と「重要度」のマトリクスで整理し、最も優先的に解決すべき課題は何かを明確にします。
ステップ2:課題解決の方向性と必要な「機能」の定義
優先課題が特定できたら、その課題を解決するために必要なアプローチと、HRテックに期待する機能を具体的に定義していきます。ここで初めて、市場にどのようなHRテックが存在するのかを調査し、自社が必要とする機能群を持つ領域のツール候補をリストアップします。
<具体例1:優先課題が「若手・中堅社員の離職率が高い」場合>
- 課題の本質を深掘りする
なぜ離職率が高いのか、その背景を分析します。(例:キャリアの見通しが立たない、上司とのコミュニケーション不足、成長実感の欠如など) - 必要なアプローチを考える
分析した背景に基づき、具体的な打ち手を検討します。(例:定期的なコンディション把握、キャリア面談の質の向上、成長機会の提供など) - HRテックに期待する機能を定義する
打ち手を実行するために、テクノロジーに支援してほしい役割を機能レベルで定義します。- パルスサーベイなど、従業員のコンディションをリアルタイムで可視化する機能
- 1on1ミーティングの記録・管理を支援する機能
- 社員が自らのキャリアパスを考え、シミュレーションできる機能
<具体例2:優先課題が「次世代リーダーの育成が追いついていない」場合>
- 課題の本質を深掘りする
なぜリーダーが育たないのか、その背景を分析します。(例:候補者が見えない、育成計画が場当たり的、必要なスキルセットが不明確など) - 必要なアプローチを考える
例:候補者の可視化と発掘、体系的な育成計画の立案と実行、スキルギャップの把握など - HRテックに期待する機能を定義する
- 個々のスキルや経歴、評価を一覧化できる「タレントプロファイル機能」
- リーダーに求められる要件と候補者の能力を比較する「スキルギャップ分析機能」
- 後継者育成計画(サクセッションプラン)を管理し、進捗を追跡する機能
ステップ3:スモールスタートと効果検証
全ての課題を一度に解決しようとせず、まずは最も重要な課題にフォーカスし、スモールスタートでHRテックを導入することを推奨します。導入後は、事前に設定したKPI(重要業績評価指標)に基づき、定期的に効果を測定・検証します。定量・定性の両面から効果を測り、PDCAサイクルを回していくことが成功の鍵となります。壮大なHRテックの世界を前に圧倒されるのではなく、まずは小さな成功体験を積み重ねることが重要です。
<具体例1:課題「若手・中堅社員の離職率が高い」に対するスモールスタートと効果検証>
- スモールスタートの対象を決める
まずは特に離職率が高い特定の部門に限定して、エンゲージメント測定ツールと1on1支援ツールを導入します。 - 効果測定のためのKPIを設定する
- 最終目標(KGI)
対象部門の離職率を前年比で20%削減する。 - 先行指標(KPI)
エンゲージメントスコアを四半期ごとに5ポイント向上させる。1on1の月次実施率を90%以上で維持する。
- 最終目標(KGI)
- 検証と次のアクションを計画する
3ヶ月後にKPIの進捗を確認します。もしスコアが改善しないことがあれば、その要因を分析し、マネジメント研修を追加するなど、次の打ち手を検討します。
<具体例2:課題「次世代リーダーの育成」に対するスモールスタートと効果検証>
- スモールスタートの対象を決める
まずは「部長職」の後継者候補の育成に限定して、タレントマネジメントシステムの一部機能を活用します。 - 効果測定のためのKPIを設定する
- 最終目標(KGI)
3年以内に重要ポジションの後継者プールの充足率を80%にする。 - 先行指標(KPI)
各階層のリーダー候補者プールを毎年〇名創出する。候補者の育成計画の進捗率を80%以上に保つ。
- 最終目標(KGI)
- 検証と次のアクションを計画する
半年ごとに育成計画の進捗を確認します。進捗が遅れている候補者には、メンター制度の導入や、意図的なストレッチアサインメント(挑戦的な業務の付与)を検討します。
HRテックは手段であり、目的は企業の持続的成長
市場に溢れるHRテックは、現代の人的資本経営における強力な武器です。しかし、どのような優れた武器も、使い手の戦略や目的意識がなければ真価を発揮できません。重要なのは、個別のツールを比較検討する前に、まず自社の課題と真摯に向き合い、解決への明確な意志を持つことです。
今回ご紹介したステップを通じて、HRテックの導入を企業の未来を創る「投資」として捉え、その価値を最大化させていただきたいと願っています。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、貴社の課題解決をサポートします。貴社の人事課題の整理から、解決に向けた具体的な打ち手の実行まで、より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。