イノベーションのジレンマを打ち破る鍵は「心理的安全性」にあり
「新規事業のアイデアを社内で公募しても、当たり障りのない案しか出てこない」
「若手社員が、会議の場で全く発言しない。失敗を極端に恐れているようだ」
企業の持続的成長のためにイノベーションが不可欠であることは、誰もが理解しています。しかし、その重要性をいくら説いても、組織が内側から変わっていかない。このジレンマに、多くの経営者・人事責任者の方が頭を悩ませているのではないでしょうか。
その根底にあるのは、多くの場合、「挑戦する文化」の欠如です。そして、その文化を阻害している最大の要因こそが、「心理的安全性の低さ」に他なりません。本コラムでは、イノベーションの土壌となる心理的安全性をいかに育み、それが従業員の「エンゲージメント」とどう結びつき、組織全体の変革力に繋がっていくのか、そのメカニズムと実践的なアプローチを紐解いていきます。
イノベーションを阻む「見えない壁」
心理的安全性とは、組織の中で自分の考えや気持ちを、誰に対しても安心して発言できる状態のことです。ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授によって提唱されたこの概念は、「こんなことを言ったら、無能だと思われるのではないか」「反対意見を述べたら、人間関係が悪くなるかもしれない」といった、対人関係における不安や恐怖から解放されている状態を指します。
この心理的安全性が低い組織では、何が起こるでしょうか。
- アイデアの枯渇
斬新なアイデアやイノベーションの種は、多くの場合、常識を疑うような素朴な疑問や、一見すると突飛な意見から生まれます。しかし、発言することにリスクを感じる環境では、そうした貴重な「声」は発せられる前に消えてしまいます。
- 部門間の連携不足
心理的安全性が低い場合、他部署のやり方に対して「もっとこうすれば良いのに」と感じても、角が立つことを恐れて口をつぐんでしまう恐れがあります。結果として、部門間の連携は深まらず、全体最適の視点が失われていきます。
- 失敗の隠蔽
新しい挑戦に失敗はつきものです。しかし、失敗が非難の対象となる組織では、ミスは隠蔽され、組織としての学びの機会が失われます。挑戦そのものが避けられるようになり、組織は次第に硬直化していきます。
これらはすべて、社員の自発的な貢献意欲、すなわち「エンゲージメント」を著しく損なう要因です。自分の意見が尊重されず、挑戦が歓迎されない職場で、誰が「この組織のためにもっと貢献したい」と心から思うでしょうか。イノベーションの欠如は、エンゲージメント低下の結果として現れる、組織の危険信号なのです。
「エンゲージメント経営」が心理的安全性を育む
では、どうすれば心理的安全性を高め、挑戦を促す組織へと変わることができるのでしょうか。私たちは、その鍵が「エンゲージメント経営」の実践にあると考えています。エンゲージメント経営とは、社員一人ひとりの貢献意欲を企業の成長エンジンと位置づけ、そのエンゲージメントを高めることを経営の中心に据える考え方です。
エンゲージメントと心理的安全性の間には、相互に強化し合う好循環の関係があります。
エンゲージメントの高い状態 → 心理的安全性の向上
社員が「会社は自分の成長を応援してくれている」「自分の仕事には価値がある」と感じている高いエンゲージメント状態では、会社やチームへの信頼感が高まります。この信頼感が、「ここでは本音で話しても大丈夫だ」という心理的な安全地帯を形成します。
心理的安全性の高い状態 → エンゲージメントの向上
逆に、自分の意見が尊重され、たとえ失敗してもそこから学ぶ姿勢が許容される心理的安全性の高い環境では、社員は安心して仕事に没頭し、より高いレベルの貢献を目指すようになります。このプロセスが、エンゲージメントをさらに強固なものにするのです。
コトラでは、この好循環を生み出すための具体的な仕掛けとして、「キャリア自律の支援」が極めて重要だと考えています。会社が一方的にキャリアパスを提示するのではなく、社員一人ひとりが自らのキャリアを主体的に考え、その実現に向けて会社が支援する。この関係性の中で行われる上司と部下の対話(1on1など)は、まさに心理的安全性を育みながらエンゲージメントを高める、理想的な機会となり得ます。社員は、自らの成長と会社の成長を重ね合わせ、より主体的に挑戦するようになるでしょう。
挑戦を「文化」にするための具体的なアクション
心理的安全性を高め、挑戦を歓迎するエンゲージメントの高い文化を醸成するために、明日からでも始められる具体的なアクションがあります。
- リーダー自身が「弱さ」を見せる
リーダーが自らの失敗談や悩みをオープンに語ることで、「この組織では、完璧でなくても良いのだ」というメッセージが伝わります。これは、メンバーが安心して本音を話せる環境を作る上で、非常に強力な一歩となります。
- 「発言しない人」にこそ、安全な形で水を向ける
会議などで、いつも発言しないメンバーに対して、「〇〇さんは、どう思いますか?どんな懸念でもいいので、聞かせてもらえませんか」と、批判ではなく純粋な興味として問いかける。発言を強要するのではなく、安全な形で対話に招き入れる姿勢が重要です。
- 「良い失敗」を称賛する文化を作る
挑戦した結果の失敗は、何もしないことよりも価値がある、という価値観を組織全体で共有します。成功事例だけでなく、挑戦的な失敗から得られた学びを共有し、その行動を称賛する場を設けることも有効です。これにより、「挑戦=善」という認識が組織文化として根付いていきます。
イノベーションは健全な組織でこそ生まれる
イノベーションは、特別な才能を持つ一部の天才が生み出すものではありません。心理的安全性の優れた組織とエンゲージメントの高い社員のもとで生じる、社員一人ひとりの小さな気づきやアイデアが集まった結果としてイノベーションが生まれます。
経営とは、すなわち文化を創ることです。社員が安心して挑戦でき、互いに学び合い、共に成長できる。そのようなエンゲージメントの高い組織文化を築くことこそが、予測不能な未来を乗り越え、持続的なイノベーションを生み出すための、最も確かな道筋ではないでしょうか。
株式会社コトラでは、人的資本経営に関する深い知見と豊富な実績で、心理的安全性の測定や、イノベーションを促進する組織風土改革、キャリア自律支援制度の構築などをサポートします。より具体的なご相談は、お気軽にお問い合わせください。